山賊ヴァンクス の らっきーくっきーもんじゃゴホッゴホッ

ここは大規模MMO マビノギ にて活動するある一人の山賊(砂賊)の日々の出来事を徒然なるままに書き綴った個人ブログです。

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捜査3日目。文を発見。[第3話]

「矢島さーん、こんなものが見つかりましたよー」
田中の声が聞こえる。
「ほら、見てくださいよ。ファミコンですよ、ファミコン。懐かしいっすよねー」
殴打のための凶器にならなるかもしれないが・・・見るからに埃っぽい。長く使われていないようだ。
使われた形跡は見受けられない。指紋も期待できないだろう。
「遊んでないで、もっと重要そうなものを見つけろ。一度見つけたやつはこっちのダンボールだからな」
矢島の釣れない態度に、田中はへいへい、と答えて近くのダンボール箱に古いゲーム端末を入れた。

部屋は、LDKの和室で、男性が住んでいたものとしては比較的きれいなほうだ。
玄関から左にキッチンがあり、右手にトイレ、目の前にリビングがある。
ベランダはついておらず、柵のみの窓が二つ。
キッチンには、最近まで使われていた形跡があり
コンロに焦げた跡などが見られないところを見ると、料理が上手かったらしい。
換気扇も見たが、油汚れが少ない。
近い日に掃除したか、普段も揚げ物料理などはしないようだ。
キレイ好きなのか、床には毛髪、垢、爪の破片などはほとんど見つけられなかった。
髪の毛三本のみである。
既に鑑識にまわしてあるが、部屋の隅から三本とも見つかっているため
被害者自身のものとみて間違いない。
男性の一人暮らしとしてはあまりにキレイ過ぎる気もしなくはないが
長く様々な事件に携わっているとこういうケースも少なくはない。

「矢島さーん、押入れの物品検査は終了しましたよー」
「お、ごくろう」
田中はまだ捜査班に入って三年目の新米の警部補だ。髪はボサボサで短髪、茶色に染めている。
大きな身体をしてはいないが、それなりの肉付きに186cmの身長がある。
明るい性格で、時々茶化す場合もあるが
犯人を追い詰めることへの警察としての情熱と集中力がある。
まぁ問題は、考えることが苦手で、あまり頭を使いたがらないことだな。
「矢島さんのほうは・・・っと、さすがにこれだけキレイに部屋を残されちゃ、あまり収穫ないっすよね」
私は、捜査班に入って十二年になる、矢島。警部だ。
身長は、田中より一つ分下だが、柔道三段の力がある。
新米警部補の田中をサポートし、指導するのが私の役目だ。

「あっとっは・・・」
田中が、“問題の”本へと目を向ける。
被害者の部屋のリビングにたった一つだけある家具
机の上に置かれた、タイトルも名前もない一冊のノート。
「矢島さん、まだ読んでないんですか?」
「あぁ・・・。少し気味悪くてな」
ノートは不気味なほど、正確に机の真ん中に置かれ、机の上には鉛筆もスタンドライトもない。
我々警察の目に触れるよう、あからさまな置き方をしているように
ただポツンと置いてあるだけなのだが、それがかえって不気味さを増しており
私はこのノートを開くことを後回しにしていた。
だが、押入れ、床、壁、窓、天井、その他見える部分は全て探したが
これといって事件の進展につながるような大きな証拠物は見つかっていない。
となれば、自然とこのノートを開かなければいけない状況ができてしまう。
「矢島さん、怖いんですか?俺が読みましょうか?」
「いや、いい。私が読もう」
最初の一言さえ私をからかっているような言葉だが、それ以上田中が踏み込まなかったのは
田中もこのノートから少なからずなにかを感じているからだろう。
普段の田中であれば、決定的な証拠物としてすぐ開いて読むに違いない。
私は机の前に座り、ノートに手をかけた。田中も横に座る。
ノートは埃を被らず、雑に使った折り目などの損傷も受けていない。
被害者が確かに大事に使っていたことを物語っている。

恐る恐る、私はノートの一ページ目を開いた。


―――

ノートの内容は、とても簡素なものだった。
一ページに一つの記事。日付と、簡単に書かれたその日の出来事、そして書いた被害者の感想。
まさしく日記としての体裁。普通の日記であった。
「『3月12日、アルバイト先の面接へ行った。
店長はおだやかで人の良さそうな性格をしていて、私に好感を抱いたと思う。』
えーっと、『今度はがんばれそうだ』」
私がパラパラとめくっていく中、田中も見える範囲で音読していく。
「日記の最初の日付が、2月3日。ちょうど事件から半年ほど前ですね」
今は、8月6日。六ヶ月前に、ここで被害者が日記をつけはじめたことになる。
最初の日記に、この日記を書くに至った経緯が記されていないことから、不明な点が多いが
おそらく、今回の事件とはそれほど関係のないものだろう。
日付が変わり、6月1日に入った。そこでまず、田中が不思議な点に気づいた。
「・・・あれ?次の日記、6月7日になってますよ?」
「む、本当だ・・・。二ヶ月前の日記・・・だな」
6月1日から、7日に飛んでいる。
6月に入る前の日記には、毎日ではないが、多くとも二日しか飛ばしていない。
また、記事によってはその日付の前の日のことも書かれているので、内容としてはほぼ毎日だ。
そうした律儀な被害者の書き跡が、6月から少し変わっている。
私はノートを早く捲るのをやめ、そこから慎重に読み始めた。

『6月7日。彼がようやく起きた。ひどくうなされていたようだ。だが夢だとわかると、すぐホッとしていた。
携帯電話をいじり、アルバイト先の店長へ必死に謝っている。店長は声こそおだやかだったものの
言葉は少し苛立っているようだった。当然だ、六日間も寝ていたのだから』

「六日間!?や、矢島さん、こんなことあるはずないですよね?」
「・・・わからん。事件に巻き込まれてショックで四日間寝続けた者なら知ってるが、六日間は初めてだ」
おかしい。腑に落ちない点がいくつもある。
六日間寝続けていたというのもそうだが、“彼”とは誰のことだ?
そしてうなされていたという、夢のこと。
私は続きを読み始めた。

『頬はげっそりと削げ落ち、腕も足も痩せこけ
病気のようだった彼は、机に向かい、今見た夢を書き始めた。
これからこの日記を夢日記と呼ぼう』

最後の文章にある、“夢日記”の文字。これが意味するものとはなんなのだろうか。
文章全体を通してわかることは、これを書いている被害者がひどく体調を崩し、六日間も寝つづけ
その間、食事と排泄をせずにいられたこと。
そして、この記事から、被害者の一人称は“彼”となっていること。
「・・・かなり不気味ですね、矢島さん」
「あぁ、不自然な点が多すぎる。一体どうして急にこんな風に書かれているのか、こんな日記は初めてだ」
元々、自分は日記を書くような者ではないし、他人の日記を見るのもほとんどない。
だが明らかに、普通の物書きとも、遊び書きとも違う。
違うところがありすぎて、これが日記と呼べるのかすら、私には断定しかねるほどだ。
「矢島さん、どうします?署のほうに持っていってそこで読みますか。ここだと、ほら、もう日が暮れますよ」
時刻は6時21分。夕日が地平線に立つ二本のビルの合間からその姿を埋没させようとしていた。
「そうだな、よし、最重要資料として署のほうに持っていってくれ。
あとで私のほうから鑑識のほうへ行って預かるから、そのまま鑑識に回してくれ」
「了解っす」
そう言って、田中はノートを持ち上げ、手持ちの中で大きいサイズの真空パックに入れようとした。
田中にはよくあることなのだが、こいつは細かいところで忘れ物が多い。
特に引き上げ直前の気が緩む時に。
「おい、田中」
「はい?」
「おまえ、手袋をつけて持てって言ってるだろ。指紋がつくぞ」
「あ、いっけね・・・って、あれ?」
「どうした?」
「・・・矢島さん、裏側、湿ってるんですけど・・・」
田中のノートの下に潜り込ませた親指除く四本の指が、確かにその感触を伝えていた。
田中からノートが離れ、ノートに隠されていた指が夕日に照らされる。
それは決して夕日に照らされた、朱色の鮮やかな指ではなく、さらに赤い
いや赤黒い粘性の液体に覆われた、血だらけの指だった。

―警察署にて
あのあと、早急にノートは鑑識班にまわされ、DNA検査にかけられた。
被害者の書いていたノートだ。
被害者自身の血液である可能性が高いが・・・もしかすればの場合を想定してである。
「さすがに意味不明な日記の裏側に血だまりができてるなんて、矢島さんにも経験ないですよね」
少なからず辛そうに、それでも笑みを浮かべて田中がコーヒーを持ってきた。
「さすがにな。それなりに経験積んで、大分勘が冴えるようにはなったが、今回の事件は初めてだ」
そう、なにもかも初めて。
被害者は自宅で出血死しており、例の机の前で正座したまま
口から血を吐いてるのを隣人に発見された。
なぜ被害者かというと、背中に直径1cmほどの穴があり
それがちょうど心臓を貫く形で空いていたためだ。
よほど体が柔らかくなければ、自分で刺すことは難しく
わざわざ苦労する刺し方をする理由が今のところ発見できない。
さらに、実際に使われた凶器が現場から発見されてないことも含め他殺と見て、被害者と呼んでいる。
不思議なのは、現場に血痕がないことだ。
被害者の口から漏れた血液が、床の畳、服、ズボンなどにかかっていた点以外
血痕は発見されていない。
争った跡もなく、ここ三日間我々が捜査しているように現場は布団がたたまれ
ガスも水道もあらかじめ元栓を閉められていた。
窓も閉めきられ、しかも元々被害者宅には家具が一切置かれていない。

自殺ではなく、他殺。しかし犯行現場の不可解さ、意味不明な日記、キレイ好きすぎる被害者自宅。

なにはともあれ、あの日記を調べてみる必要がある。
鑑識班から結果が届くのは早くても明日の夕方だろう。
「田中、俺は先に帰るぞ。お前も早く帰れよ」
「うい~っす。俺はまだ報告書残ってるんで!」
「おう、がんばれよ」

―次の日
「矢島さん!どうして携帯出てくれなかったんですか!あんなに鳴らしたのに!」
「す、すまん、久しぶりに頭を使いすぎてな」
署に着てみれば、田中が珍しく真面目に私のことを怒鳴ってきた。
朝起きて妻に夜中携帯がうるさかったことを聞いた私は、履歴にあった田中へ電話をかけた。
すると
「遅いですよ!矢島さん!!なにしてんすか!早く署のほう着てください!緊急事態なんです!!」
と、怒鳴られた。朝っぱらから、しかも上司の私を怒鳴りつけるとはあとで説教ものだが
普段ヘラヘラしているこの田中があんなに怒鳴っていたのはそれ以上に気になった。
「で、なにがあったんだ?」
「まずですね、例のノートですが、血液は被害者本人のものです」
「そうか」
「問題はそこじゃなくて、ノートに書かれた文字なんですが
・・・ここからも被害者本人のDNAが検出されました」
「は?・・・文字が血液ってことか?」
「えぇ、ボールペンかなにかのインクだと思ってたのが血そのものだったんですよ。
しかもですね、ちょうど6月7日の記事から、血文字が使われてるんです。
それ以前の記事は、全て普通のボールペンのインクです」
おかしい。血文字自体に加えて、6月7日を境にしたその日の記事からそれが使われていること。
6月7日の記事、私たちが見たとき、それを血文字と呼ぶにはあまりに難しすぎた。
文字の書き筋、キレを見ても、ボールペンの類でスラスラと書かれたようにしか見えない。
しかも、血という赤い色素はなかった。
真っ黒のはずだったが、まさか夕焼けで見えにくくなっていたのか。
「さらにですね、まだありますよ。被害者の遺体の検死結果ですが」
「これ以上なにがあるんだ?」
意味不明な事件の内容に、朝っぱらの頭の回転数の少なさもあって私は少しウンザリしていた。
「凶器、被害者の体内に埋め込まれていました」
「体内・・・?凶器はなんだ」
「それが・・・鉛筆です」

検死の報告によれば
被害者の背中、心臓裏にあった直径1cmの穴に一直線に埋め込まれる形で
鋭く削られた鉛筆が見つかり、それが肺と心臓を貫いていたことが死因であるらしい。
鉛筆を突き刺す動作には、必ず力をこめられるよう鉛筆の腹を指で押さえ
尻の部分を手のひらで押すようにするはず。
また、利き腕でないほうの腕を鉛筆を固定するために使うとすれば、高確率で指紋検出が期待できる。
鉛筆は六角柱のものなので、指紋は途切れ途切れとなるだろうが
これで指紋が検出できれば、この事件もいよいよ大詰めとなる。
そのため、今は凶器である鉛筆を鑑識のほうで詳しく検査してもらっているところだ。
「・・・矢島さん、これで事件解決すると思いますか?」
「さぁな。近隣の聞き込みをしても、被害者と面識のある人は少なかったし
どんな人物か知っているのはもっと少なかった。近隣の住民は容疑者ではないだろう」
「俺は、アルバイト先の店長が怪しいと思うんですけどね」
「私もそうだとは思う。だが・・・よくわからないが、何かおかしい。この事件、不気味さの裏になにかあるような気がしてならない」
鑑識から結果を待つ間、私たちは捜査班部署のデスクに座りながら
事件の全容についていろいろ討議しあった。
鉛筆から出る指紋が全ての鍵だが
被害者アルバイト先の店長、第一発見者の隣人の二人のうちどちらかに思われた。
「隣人の、木村さん!俺はかなり怪しいと思いますよ。だっておかしいっすよ。なんで発見できたかって
『新しくテレビを買ったので、中古でよければ鈴木さんにあげようと思って尋ねてみたら死んでいた』
だなんて、わかりやすいと思いません?」
「さぁ、どうだろうなぁ。木村さんは近所でも明るい美人の女性ということで知られている。引っ越してきたのは三ヵ月半前だから、隣人の挨拶周りのときに被害者宅の状況を知ることは可能だ。
・・・とにもかくにも、だ」
よっこらせと私は立ち上がり、コーヒー三杯分のため用を足しに行こうとした。
「指紋が出なけりゃ話が進まん」
「トイレっすか?」
「おう」
部署から出ようとすると
若い男が“鑑識”という文字のついたバンドを腕につけたまま部署に入ってこようとし、危うくぶつかりそうになった。
「す、すいません」
「おう」
「あ、そうだ、例のノートの鑑識が終了しましたので、捜査で必要であればお返ししようとこちらに来たんですが・・・」
「・・・ん、あー・・・」
私はチラッと田中の方を見、田中は少し考えて
「読みましょう。待ってますよ」
と言った。

少し急ぐように用を済ませ、部署に戻ると
田中が鑑識の若いのと真空パックからノートも取り出さずに、なにやら話し込んでいた。
「矢島さん、どうします?読むのは不可能かもしれないんですけど」
「どういうことだ?」
やってきた若い鑑識の男は、ノートに付着していたと思っていた血液が
実は中から染み出しているということ。
そのせいで、内側は既にある程度固まってしまっていて
ページを開くためにはかなりの慎重を要すること、を話してくれた。
「そりゃ難儀だな・・・」
「・・・温めても無理なんですっけ?」
「余計固まるだろう」
「とりあえず開けるところまで開きましょうよ。ダメだと思ったらそのままで・・・」
「おい、あまり手荒に扱うな。もしかしたら証拠能力をもったものかもしれないんだぞ」
「たぶん6月7日から次の日付なら大丈夫っすよ。そこまでは濡れた感じなかったですし」
半ば強引に田中は真空パックからノートを引っ張り出し、パラパラと古い記事から捲っていった。
いくら馬鹿げたことを言っていても、田中も捜査班の端くれ。
被害者の所持品を破壊するヘマはするはずがない。
仕方ないので私は近くで見ながら、必要に応じて止めることにした。
ページは問題の6月7日になり、田中はかなり慎重に次のページを開いた。
特に張り付いている感じもなく、パラリとページは捲れ、次のページが露になった。

それから数ページにわたり、書き続けられた文章。それまでの簡素で短い文章とは打って変わり
被害者が体験した夢についての記録が、延々とつづられていた。
それは時に二ページにも渡って書かれているものや、細かい字でびっしりと埋められたものもあった。
文章はとても不可解で、小説のようだとも思ったが、文字の形が歪んでいたり、大小の差が激しいものなど
読み物としては適していないようだった。
「これ、血でできた文字なんですよね・・・」
田中が急にポツリと呟く。そう、血文字なのだ。
見えないグリッド線に合わせたような美しい書き味の文字もあれば
滲んだような文字、太さの違う文字。
一体なにで書いたのか、どうしてこうなるのか、まったくわからない。
にわかに血文字とは信じられない文章の数々。
「あっ」
「どうした?」
田中の手が止まった。
「ここから先のページ、ちょっと捲れないですね。ここまでかな」
「そのようだな。日付は?」
「7月28日。事件日から六日前ですね」
そう田中が言って
田中に私、横から覗き込んでいた鑑識の若者も、三人ともその場で視線をはずせなくなった。
ノートには、日付のほかにこれまでとは違う体裁の文章が並べられていた。

『彼は  を  解した。 彼は もう ぐ   る。
 を以って そ  を      昇華 せる。
彼の 肉 に 心臓に 彼の  を 突き てる。
目が 覚めた  彼は 消 て 私が 現  。』

ところどころが滲んでしまってよく読めない。読める文字も、太すぎたり書きなぐっているような形で
判別も難しい。
これほどまでに乱れている文章、そして事件日との近さから、私はすぐにメモを取り出し
解読できる部分を書きとめていった。
「あ、あの、僕は仕事がありますので、これで・・・」
「あ、あぁ、すまなかったな」
「いえ・・・」
鑑識班の若者は不気味さに耐えられなくなったようだった。無理もない。
私も警部としての仕事がなければ今すぐこんな不気味なノートからは遠ざかりたい気分だ。
「ははは、あんまり夜中に読みたくない文章っすねこれ」
田中が無理に作り笑いを浮かべる。
「事件日からこれほど近い日にこういう文章書いてたってことは、精神疾患の可能性が出てくるな」
「矢島さん、すごいっすね、こんな文章目の当たりにしてもメモとってるなんて・・・」
「当たり前だ。年季が違うんだよ年季が」
怖い人間になら何人も会ってきた。
無差別殺人犯に、強盗、暴力団の団員も、誘拐犯の顔も見てきた。
だが今回の事件は、じっとりとした、得体の知れない怖さがある。
人間ではないなにかを相手にしているような、漠然とした恐怖。
私はこの五十二年間生きてきてこれほどの恐怖を味わったことがない。
だから、表面上田中に私がそう振舞ったのは、プライドと、上司としての義務からだった。
「ふぅ、敵いませんね、矢島さんには・・・ははは。・・・ん?」
「どうした?まだなにかあるのか?」
「いえ、次のページ、全部は無理なんですが、端っこだけ捲れそうで・・・」
もはや被害者の所持品という捜査対象を傷つけてはならないという掟を考えるより先に
私は次のページに書かれているものを見たい一心で、田中が捲ろうとしているページをじっと見続けた。
やがて、弱い紙ならばすぐに千切れてしまいそうなペリペリという音を立てて
僅かではあるが、次のページの紙が捲れた。
それまで私の中を侵食していた恐怖の類が、離れていったわけではない。
むしろ、私をさらなる恐怖に導くようにして、私をそこへ誘っているようだった。
捲ったページには、大量の血が染み込んでいた。
のりづけされたように、紙と紙をくっつけているのを見て、内容は無理だとわかった。
「あ~、内容は無理みたいっすねぇ」
軽くため息を吐いて、少し安堵したような田中に反し
私はおあずけを食らったようにチッと舌打ちをしてしまった。
「・・・そんなに読みたかったんですか?」
「・・・いいや」
なにを執念深くなっているのか。そこまでこだわるほどのものじゃない。
凶器の鉛筆から指紋さえ出ればこの事件は解決へ進む。
今ここでこの日記の内容に固執する必要はない。
自分に言い聞かせながらも、私は自分自身で悔やんでいることを気づかずにはいられなかった。
「・・・内容は読めませんけど、矢島さん、日付がついてます」
「日付?何日だ?」
「8月3日です」
「な、内容は!?本当に読めないのか!?」
私は聴いた瞬間に、思わず田中の肩を掴んでまで聞くほどだった。
突然のことに呆気にとられてしまった田中だったが、すぐ私の両腕を掴んで一気に押し戻した。
「落ち着いてください!矢島さん!俺がやってみましたけど、完全に紙と紙を接着させてて、無理です!」
「もしかしたら、そのページに犯人のことが書かれてるかもしれない!よこせ!田中!」
「いくらなんでもできません!俺には!矢島さん、指紋が出ればこの事件は終わるんです!冷静になってください!」
明らかに矢島の様子がおかしいと感じた田中は、ノートを高く持って矢島の手が届かないようにした。
身長差がある矢島では、ジャンプしてもなかなかとることができない。
先輩でありながら、普段冷静で、自分のことをサポートしつつも的確に事件を解決へと導く矢島が
目の前でおかしいぐらいにノートを欲していることに、田中は動揺しながらも必死に宥めようとしていた。
「あ、あの、すいません、鉛筆のほうの鑑識も結果が出たので急いで戻ったのですが・・・
あれ?お二人ともなにしてるんですか?」

「いいですか、言いっこなしですよ。指紋の結果を見て、じっくり考えましょう。ノートのことは忘れて」
「あぁ、もうわかったから、それ以上繰り返すな。取り乱して悪かったよ」
鑑識班の部署は、ちょっとした研究室と事務室が合体したようなところで
簡単な検査とデスクワークを行えるようになっている。
鑑識と捜査班の部署を往復して伝達してきた若者は、今息切れしてデスクに座っている。
彼とは別に、もう一人年配の鑑識班の中年男性が座ってこちらに向かって手をヒラヒラさせているのを見て
私と田中はその男性のもとへ行った。
「正直、どうしたらいいのか、わしにもわからないのでな。不気味すぎて結果以上のことは言えん」
「なにかあったんスか?」
「検査結果に問題というか、まぁそういうのがあっての」
「問題?」
鑑識の男は、ふぅとため息をつくと、私たちが来るまで読んでいただろう書類にもう一度目を通して言った。
「凶器に使われた鉛筆から、指紋が検出されたんじゃが、それが被害者の指紋と一致しての」
「・・・どこに問題が?」
私と田中はともにキョトンとして聞き返した。
まさかこのおじさんは、私たち二人をからかっているのではないかと思った。
「検出された指紋は、被害者のもののみ。手袋をはめて握ったような、指紋の油脂分の乱れはなかった」
「それじゃあ・・・?」
「被害者本人が、自分で自分を突き刺したとしか、こちらからは言えない」

その後、矢島が鑑識の男にいろいろな可能性を考え、問いかけてみたが
そのどれも可能性として考えにくいことを説明され、容疑者候補であった店長と隣人についても
アリバイと動機が不十分であることから、犯人の可能性が消えてしまった。
元々被害者の部屋はキレイに掃除されていたため、検出できる指紋も僅か。
鑑識の観点から犯人も、凶器も被害者自身ということで
事件は、最後まで真犯人発見を考えていた矢島の思惑を裏切って、自殺、という形で決着した。
だが、親族の繋がりがはっきりせず、動機も、遺書も発見されていないことから
“解決しつつも解決していない”、異色の迷宮入り事件として
警察署、地元の住民で不気味がられることとなった。

被害者:鈴木 潔(27歳)
事件名:自殺
死亡推定時刻:○○年8月3日 午後11時21分
死因:鋭く削られた鉛筆を背中中央から突き刺し、肺、心臓を貫いたことによる、出血死。
















夜。市立病院にて。
ガチャ、キィィ・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・イィィ、カチャン。
一部屋一部屋、警備員が懐中電灯を手に、夜の見回りをしている。
この階には、病人、怪我人などの一般病棟とは違って、手術室や診察室など
看護士の見回る範囲ではない部屋がある。
二階から五階まで、一般病室と特別病室があるのだが
警備員はそれら病室ではなく、二階と三階にある手術室、一階と二階にある診察室を見て周る。
時刻は午前0時を回ったところ。あと二部屋見回れば、午前二時まで見回りはしなくていい。

「ふぅー・・・」

自然とため息が出る。もう警備員をやって五年になるが、いつもここへ来ると少し緊張する。
誰も居ない病院を見回るのは、それ自体肝が冷えることだが
慣れてしまえばそこまで怖くはなくなった。だが、ここだけはいつも慣れることができない。
比較的、他の病院に比べて大きな規模であると思う。人口の多い市であるから、それだけ死亡者も多い。
『死体安置室』
頭によぎる文字に、気が落ち込む。
死体安置室は地下一階にあるので、そこまで降りて行く。
これでも大分マシになったほうだ。以前は動悸が早くなってその場に座り込んでしまった。
元々怖い話は子供のころにも苦手だったが、今は平気になった代わりに、警備員の仕事で滅入るようになってしまった。
階段の前にくると、生暖かい風に、背筋に悪寒が走る。
階段を降りるためにはその前に一般患者などが誤って入ってしまわないよう、鍵のついた扉がある。
そこが開いているのである。
いや、風はそこから吹いているのではなかった。
通路を見ると、一番奥の行き止まりになっているところにある、非常口の扉が開いていたのである。
内鍵の非常口の鍵がどうして開いているのか、少し考えながらその扉を閉める。
そういえば、上の二階は主に子供の患者を扱う病室が多かったはず。遊んでいるうちに開けてしまったのだろうか。
しかし、死体安置室へ続く階段の扉は開いている理由がわからない。こちらも内鍵で開くため、鍵を持っていない場合は外から開けることはできない。
鍵は警備員である私と、看護事務室のところに一つ、院長のマスターキーで一つの三つだけである。
最近、新しい死体を運んで、その際に鍵のかけ忘れがあったのだろうか、と思いつつ
むしろ、それでなんとか自分の緊張を抑えながら、階段を降りて行く。
死体安置室の前にくると、子供でも開ける軽さのはずの重苦しい扉を開け、懐中電灯でゆっくり部屋の中を照らしていく。
すると、一見今日もなにも異常がないと思われた部屋の中に、非常に奇異なものが見えた。
死体を保管している金属製のレールにのったカプセル型の冷凍室が、一つ平坦な一枚壁の中で抜き出ている。
私は正直、すぐにここから出て行きたい気持ちをなんとか理性で抑えつつ
その冷凍カプセルを押し込んだ。
押し込み終わると、ため息と共にさっさと出たいという気持ちが強くなった。
今日の報告のため、抜き出ていた冷凍カプセルの番号を見る。
『E08031121』
番号はその年に決定されたアルファベット一文字と、死亡時刻で構成されている。
「8月3日か・・・。そろそろ海に行かないと夏が終わってしまうな・・・」
気紛れに独り言をしゃべってみるが、やはり変わらない。
もうやることを済ませ、よりいっそうここから出たいと思い始めた私は、ようやく死体安置室をあとにし、扉に鍵をかけた。
そこで、気づいた。

どうして、死体安置室の鍵が

開いている?

なぜ、階段の前の扉が開いていたのか。
なぜ、外へと続く非常口の扉が開いていたのか。
鍵のかけ忘れなど、あるはずがない。
昨日も見回りを、自分自身がしているからだ。
昨日はしっかりと鍵がかかっていて、それを確かめた。
世間は夏休みで、子供の患者は海から遠いこの病院ではほとんど入ってこない。
新しく運ばれてきた死体もない。

誰、が?

ただ一つ抜き出ていた冷凍カプセル。
開いている死体安置室の扉。
開いている地下へと続く扉。
開いている非常口の扉。
扉は全て閉じ込められたときを想定しての、内鍵。
非常口に至っては院長のマスターキーでなければ外からは開かない。

ダレ、ガ?

E08031121

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ダレガ…(´・ω・`)

コトノミ | URL | 2008年04月08日(Tue)19:13 [EDIT]


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