山賊ヴァンクス の らっきーくっきーもんじゃゴホッゴホッ

ここは大規模MMO マビノギ にて活動するある一人の山賊(砂賊)の日々の出来事を徒然なるままに書き綴った個人ブログです。

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自作小説 「葉山探偵事務所」 3/3


追記に掲載。

―――――


 ガチャ。ガチャガチャガチャ。
玄関の扉は、住人でない者を拒んでいた。
麻間の家の玄関は、オートロック式だった。既に内鍵がかかっている。
「ちっくっしょおおおおおおおおおおおおお!」
 男の咆哮に、麻間は震えはしたが、逆に安堵した。
この叫び声は、目の前の壁を動かすことのできないことを自覚する、悔恨の念を固めた一声。
ならば、この家は城になる。来襲するものを拒み続ける鉄壁となりうる。先ほどまで、犯人がいると思うとライオンの檻と同じに思えたが、それが今度は逆転している。
 男の咆哮はすさまじく、もはや一縷の隙間もなく犯人であることを自ら実証していた。麻間の中から見えない者への恐怖は消えた。目の前の男に対する恐怖は、依然として在ったが。
「そ、そうだ!電話……!」
 犯人が家にいないうちに、助けを呼ばなければいけない。気づいて口走り、扉の向こう側に聞こえたかと思って少し声を落とした。
男は唸り声のほかに、扉を叩いている。殴ったり、突進するほどの力はこめられていないが、玄関の扉もそこまで頑丈ではないと思うので、長居はしないほうがいい。
靴を脱ぐことすらためらわず、カバンはぞんざいに下ろして、一目散に廊下突き当たりのリビング手前にある和室の横の電話へと走る。
素早く受話器をとり、百十番へかける。一回の呼び出し音の後、つながった。
「はい、こちら草成市警察署です」
「あ、あの!ストーカー!ストーカーが、玄関いるんですっど!」
 気が動転して舌がよく回らない。
「落ち着いてください。ストーカーですか?相手には気づかれてますか?」
 落ち着いてくださいと言われて落ち着く者など、普通に考えればほとんどいないが、麻間はなぜか冷静になれた。
「あ、あの、えっと、すいません、そうです、ストーカー。家にいるのは気づかれてますけど、電話をかけてることまでは」
 言ってすぐ、リビングのほうからガラスの割れる音がした。かなり大きな音だ。
そっちに顔が向くと、途端に玄関のほうから音がしないことに気がつく。麻間は瞬時に、受話器を放り出して廊下で逡巡した。
リビングからは大きな音に続いて、パキ、パキと細かなガラスを割る音が聞こえてくる。まずい。
再び恐怖にかられた麻間の頭の中で、猛烈な情報処理がスパークを起こしていた。
階段を上がるのは、なにがなんでもNOだ。自分の部屋には鍵がない。女である自分の力で抑えられるほど、自信はない。もう警察に連絡した今となっては必要性は皆無だ。
目の前にある和室は引き戸であるから、こっちも鍵がない。むしろリビングと繋がっているので意味がない。
いっそのこと立ち向かうべきか?しかし、自分には護身術の経験がないし、相手は武器を持っているかもしれない。決定的に、男と女の力比べを想像することすら馬鹿馬鹿しい。
なにか武器がなくてはいけない。包丁、は、キッチンにあるが、今犯人と対面して、応戦できるほど心の整理がついていない。
警察に連絡する前なら、興奮に身を任せてその選択肢も選んだだろうが、少しだけでも落ち着いてしまった今になると、犯人の真正面に立つこと事態が危険と思ってしまう。
「っ……。手が切れちゃった。おーい、友美ちゃーん。痛いんだけどさー」
 リビングのすぐそこから聞こえてくる。もう距離はほとんどない。最悪だ。迷っているうちに逃げ道がなくなってしまった。
 迷ってしまったそのタイムロスによって、最後に思い浮かんだ玄関へ逃げるという案も破棄せざるをえなくなった。内鍵は外からと同じ、鍵を差し込む方式で、レバーを回すものではないのだ。今走ったところで、内鍵を開けて外へ出る暇を、犯人がくれるとは思えない。
「ゆーみちゃん!」
 ばっと開けた目の前に、麻間の姿はなかった。男は陽気そうな声をなくし、顔も固くなった。
 玄関のほうにはいない。階段を駆け上る音も聞こえない。和室も、キッチンへ出る扉もあけられたようには思えない。
そうして眺めていって、階段の左側にある扉に気がつく。
男の顔が、にやぁと笑う。
ドアノブを回すと、鍵がかかって開かない。
「ここかぁ!ゆみちゃん!」
 麻間は脱衣所の隅で恐がって震えていた。
鍵がかかっている扉は、一望してここだけだった。ここであれば、鍵が破られない限り外から侵入はできない。ただし、破られれば反撃する術はない。
「開けてよー!僕だよー!ゆみちゃーん!大好きな僕だよー!」
 知らない。恐い。どっか行って。知らない。あんたなんか知らない。恐い。恐い。
避難する場所を間違えた後悔とか、安全地帯が確保できた多少の喜びなどまったくなく、ただただ際限なく拡がる恐怖だけが麻間を支配していた。
もうどうしようもない。
だが、どうしようもないとしても、警察には連絡したのだ。きっと来てくれる。それまで持ちこたえるのが、今の自分に出来る最良の行動だろう。
半泣き状態の自分を無理やり起こして、なにかないかと探す。
もう避難場所を間違えるような、ヘマをおこしてはいけない。時間が最大の敵と捉えよう。
洗面台には、もういつから使われてないのか、シェーバーカミソリが目に入った。せめてこれが抜き身のカミソリだったら、と思う。
その他には、化粧品やら麺棒やら、タオル、石鹸、体重計があったが、どれも役に立つなんてこれっぽっちも思えない。
下にある戸棚を開けて、目に飛び込んできた塩素系漂白剤を手に取り、これが最後の武器だろうと覚悟を決めた。
漂白剤のラベルには、お決まりのように、失明の危険や取り扱い方に注意書きがされている。これを書かれている逆の方法、つまりやってはいけないと書かれているその方法で犯人に使う。
まず、塩素系漂白剤は、水で薄めなければいけない。それを薄めない。
さらに他の洗剤と混ぜてはいけない。毒ガスが発生する可能性がある。これに関しては、どれほどの規模で発生するのかがわからないため、自分の身のことを考えると麻間は断念した。
結局、薄めずに、相手の目に当てるという結論に達した。
 あとは、大きな入れ物にいっぱいためて、扉を開けた瞬間相手の顔にぶちまけるだけだ。
大きな入れ物、ときて、初めて麻間は浴室の扉をあけた。
そして、妙案を思いついた。

「いち、に、さん!」
 木材の砕ける音を出して、脱衣所の扉は傾きながら開いた。
麻間の姿はない。となると、脱衣所の横にある浴室しか逃げ場はない。
男の顔は今度こそという気持ちで再び、にたぁと笑う。
浴室の扉に手をかけ、一呼吸おいて、勢いよく開け放つ。
その瞬間、男の目に飛び込んできたのは、流動する歪んだ視界と、砂漠の熱波と間違えるほどの高温。熱湯が自分の顔に浴びせられていることを、その一瞬だけ男はわからなかった。
 熱湯の勢いはすさまじく、ホースの口を絞って水圧をあげているようで、顔を集中的に狙っているため、高熱と息苦しさを男に与え続けていた。必死に両手で顔を隠すが、今度はその両手に熱湯がかかり、あるいは手の隙間から顔へとかかるためにほぼ無意味だった。
熱さで顔の皮膚は完全に火傷の炎症を起こし、呼吸しようとすると熱湯が口を塞ぐため、喉を熱塊が通るか口内を満たして空気が通れなくなり、息苦しさが極まった。
一度、男は怯んで熱湯から逃げようとし、すぐに着ている服を両腕にくるめてそれで防ぎながら徐々に近づいてきた。
麻間は最初こそ男が怯んだことに手応えを感じたが、近づいてくるとは思ってもいなかったため、さらに執拗に顔へ熱湯をかけるしかなかった。
しかし、浴室もそこまで広くないため、一度脱衣所まで追いやった男が浴室へと足を踏み入れると、麻間まで一歩、と距離を詰められてしまう。
このとき、麻間は覚悟を決めた。
相手は熱湯を恐がって足元だけを見ている。前を見ていない今の状態で、自分が先に攻撃するしかチャンスはない。
 それまで真正面から当てていた熱湯を、ホースを犯人の両腕の下へ潜り込ませ、無防備な顔へと当てる。
「ぐぁお!」
 当然、男はホースを掴みに腕をおろす。
すぐにホースを離し、既に壁を踏んでいた左足と軸足の右足で蹴って男の右肩へ体当たりする。
男の体は湯船へうつぶせの状態で倒れこみ、麻間は浴室扉の右側の壁で止まるという、偶然にも上出来な方向へ転がった。
 極度の緊張で、対して動いていないのにあがっている息と鼓動を感じながら、逃げたい一心で浴室を飛び出した。
脱衣所も出たところで、もはや足手まといになっている革靴を脱ぎ捨て、目に飛び込んできた玄関へと走る。
 いつ背後から飛びかかれるかわからない恐怖に焦りながら、内鍵がレバーでないことに気づいて、慌てて放り出されているカバンから鍵を探す。
「痛い痛い痛い痛い痛い!痛いよお!ゆみちゃあん。悪い子には、お仕置きだあ!」
 カバンに手をつっこんだと同時に脱衣所から出てきた男の声が聞こえ、手が止まってしまう。
もう無理だ。走られたら鍵を開ける暇なんてない。つかまった。
男の右手がジーンズのポケットに伸び、そこからギラリと光る銀色のナイフが出てくる。
もはや先ほどの体当たりで、すっかり緊張のピークを終えてしまった麻間にとって、それ以上の緊張は体が強張るだけで動かせるほどではなくなっていた。
恐怖も、怯えも消えていないのに、体は疲れ切ったように重く、動こうとしない。彼女自身も、動かなければと思いつつも実際に体を動かす命令が出せなくなっていた。
荒い息と、上下する肩だけが繰り返され、カバンの前でぐったりとした体は、一度へたり込んでしまった腰を動かす気配すらなかった。
もはや、神に祈るしか術が無いほどに。
 男の足がにじり寄ってくる。
麻間まであと三歩というところにきて、男の歩みが止まった。
それに麻間が気づくより早く、玄関の扉が静かに開いた。
 そこに立っていたのは、葉山だった。
「ただいま。なんか、修羅場みたいだな」
 緊張で疲弊した麻間の顔が、驚きで一色になった。
葉山は顔を上げた麻間と目が合うと、すぐに彼女がもう動ける様子ではないことを察し、男へと視線を移した。
 男は葉山の姿を見ると、血走った目で彼へ飛びかかっていった。
「お、お前がゆみちゃんを!たぶらかした男お!」
突き出されるナイフをひょいと避け、カウンターで突き出された右の掌底が男の顔に直撃する。
勢い余ってその場に倒れ落ちた男を、今度は片手で掴み上げて目の前の壁に投げつける。
痛がって鈍くなりながらも、起き上がろうとしている男に上から手刀を振り下ろし、首の後ろに当てて、男はそこでぐったり気絶した。
 麻間からすれば、本当に呆気ない、そんな短い動作で倒してしまった彼は、玄関の段差に腰を落ち着けて、胸ポケットから煙草を取り出して咥え、玄関から見える外を眺めながら、火もつけずに一服し始めた。
「よく、がんばったな」
 目も合わせずに、口を開きかけた麻間より早く葉山が言う。
「大したお嬢ちゃんだ。予定通り動いてくれたしな」
 麻間は褒められても嬉しくもなんともなく、ただ絶体絶命のピンチに現れたそのタイミングの良さと、どうしてもっと早く帰ってこなかったのかというタイミングの悪さの二つに揺られて、どうしようもなく、俯いていた。
ただ、涙だけは、堰を切って溢れ出てきた。
「お疲れ様」
 ポン、と肩に手を置いた葉山の手に、麻間は自分の手を乗せるだけで返事にした。
むせび泣く麻間の声と、遠くから聞こえるパトカーの音だけが聞こえていた。

 警察はほんのニ、三分で麻間家前に到着し、あたりは一時サイレンの音で騒がしくなり、まだ浅い夜とあって付近の住民が様子を見に来ていた。
麻間は腰が砕けて立てないらしく、事情を説明した葉山と共に入ってきた警官たちが、犯人の男に手錠をかけ、家から引きずり出してパトカーに乗せるまで、玄関に座りながら見ているしかなかった。
葉山が一段落して帰ってきて、麻間の隣に座る。
彼女は風呂場での一悶着で、熱湯を注いでいたホースの先端を掴み続けていたために指に軽度の火傷を負い、体当たりの際に足の指を挫いていて、見た目にはそこまで悲惨ではなかったが、精神的にボロボロで、半ば放心状態だった。
 それでも、口だけは動いた。
「葉山さん。風呂場の、あれって」
「あぁ、あれか。ただの勘だ」
「勘って……。勘だけで、シャワーの先端を切り離しておいたんですか?」
「あれだけじゃなく、どこへ逃げ込んでも反撃できるような物を準備しておいた。お前、昨日の夜気絶したろ。そんときにいろいろな」
 浴室へ入ったとき、シャワーのホースの先端からシャワーの部分がはずれて、ホースそのままの状態で置かれていたのを見て、麻間はあの行動に出たのである。この家の給湯器は屋外に設置されており、夏の気温と湿気を帯びて通常より高い温度でお湯が出せる状態だった。さらに、風呂場に設置されている温度調節機では、最高四十八度の熱湯が設定できる。推測でも五十三~六度は優に出せていただろう。
 そのために、ホースを絞って握る手には猛烈な熱さが伝わってきていたが、緊張状態のために放すまでには至らなかった。
「予想、していたんですか」
「ある程度な。四ヶ月もおあずけくらってるストーカーが、業を煮やすのにそれほど大したきっかけは必要ない。早ければ、と思ってた」
 葉山はこの時を、昨日から予期していたということになる。
起こりうる事件を、予期しつつ、それがくるまで待っていたのだ。麻間が襲われるのを、外からじっと眺めていたのだ。
 麻間は、初めて葉山を睨みつけた。涙を浮かべ、怒りを滲ませて。憎しみすら込めて。
「お前が思うほど、俺はかっこいい男じゃないし、ヒーローじゃない。依頼はここまでだ。これからはちゃんと男を選んで、幸せに生きろ」
「葉山さん」
立ち上がった彼を呼び止める。
「なんだ」
「私、葉山さんに失望しました」
「おう」
「でも、やっぱり、葉山さんは助けてくれたから、だから」
「だから?」
「だから……。かっこ悪くは、ないです」
「……そうか」
 葉山と麻間が、玄関から犯人を乗せたパトカーが住宅地の宵闇へと消えていくのを、静かに眺めていた。

だがパトカーは、宵闇に消えることなく、突然爆発し、炎上した。

 目を見張る二人の視線の先に、燃え盛る車から、炎を散らして一人が降りる。
体が燃えているというのに、その者は熱がることも、歩みを止めることもなく、ゆっくりと麻間たちのいる方向へ向かってくる。
「え、う、うそ、どういうこと……?」
 突然のことに、まったく状況がわからない。
「エドの野郎……。どこが簡単だよ」
 対照的に葉山は、落ち着いた声でそう言うと、玄関を出て家の前まで歩きだした。
炎が猛る体を支障なく動かし、男は葉山の前で止まる。
「腑に落ちないな。報告と全然違うじゃねえか」
 エドワードから渡された書類の、〝捕縛対象〟の項目が思い浮かぶ。男は年齢不詳、氏名不詳、職業なしの正体不明。その代わり、SOG-Lv2と書かれていた。
最低レベルより一段階上の、能力自覚と自己能力操作不可が特徴の、葉山にとっててこずる相手ではない。
全ては予定通りだったのだが、ここにきて報告と食い違う状況になってきた。唯一の誤算は、後ろにいる彼女に見られてしまうことだが、それは差して問題ではない。
どうすっかな……。
体を燃やされても熱さを感じず、炎をコントロールしているとすれば、低くてもLv3かLv4の実力があることになる。
しかもそれは最低限の話で、相手がまだ実力の半分も出していなければ、Lv5以上もありうる。そうなると、下手に戦えばあたり一面が火の海になる。専門の捕縛部隊の出動を要請しなければならないし、今群がっている野次馬を早く逃がさなければいけない。しかし、そんな余裕は今ない。
「ドケ。小僧」
 炎の奥から、声が漏れる。
目も、口も、鼻も、既に炎に巻かれてどこだかわからないが、その声は獅子の雄叫びにも、大蛇の一睨みにも似た威圧感をもっていた。
先ほどまで奇声をあげていた、ストーカーの男のものではない。まるで炎そのものが口を開いたようだ。
「いやだ、と言ったら?」
 葉山は臆さずに言い返す。狙いはやはり麻間友美だ。
「口答エヲスルト、ドウナルカ、貴様ナラワカルダロウ」
 一声ごとに熱風が葉山の体を押す。
まるで猛獣。いや、炎を纏う、もはや魔獣のような存在。
息を殺し、喉で唸りをあげ、今まさに跳びかからんとしている。
「ああ、わかる。だが、それでも、嫌だ」
 久しぶりに、これほどの緊張感を生み出す相手と出会い、判断力がにぶったのかと思ったが、相手の挙動から、決して間違いではないことがわかった。
炎に包まれた男は地を蹴って葉山の頭上に飛び上がり、そこから玄関で呆けている麻間へ向かって、右手にとり付かせた炎を発射する。
だが火炎は、鋼の盾に防がれて散った。
攻撃を受けきった葉山が、玄関の前に着地する。左腕に、一体どこから取り出したのか、見慣れない不思議な紋様を象ったアイロン型の盾を装備している。
その光景も一瞬のうちに、まだ地面に降りていない炎の男めがけ、彼が飛びかかる。
「ふっ!」
 気を一点に集中させた右の拳が、着地した男の頭部へ同時に炸裂する。
拳圧か、男の頭部と胴体の一部が吹き飛び、粉々になるとそのまま頭を失った体は後ろへ倒れた。
だが、まだ声は息絶えていなかった。
「流石ハ、〝盾〟ノ男ト言ッタトコロカ。観察力ガ高イ」
「他人の死体を操って女の子を狙う悪趣味な野郎に、褒められたくはないね」
「セイゼイ高ミノ見物ヲ楽シムガイイ。貴様ヲ見下ロス存在ガイルコトヲ知ラズニ、ナ」
 風もなしに炎は消え、声も同時に掻き消えた。どうやら炎自体に誰かの力が加わっていたらしい。
煙を上げる男の死体は、既に炭化しており、炎に包まれながら動くなど不可能であることを裏付けていた。
 男に巻きついていた炎が、一体誰の放ったものなのか、葉山には思い浮かばなかった。


その後、炎上したパトカーと、炎に包まれた男と葉山の起こした一悶着のおかげで集まった野次馬の全てに、エドワード率いる統制部隊の強力な〝催眠術〟がかけられ、事件はパトカーのガス爆発によって二人の警官が殉職、犯人の一人が死亡ということになった。
仕事を依頼した麻間自身も例外ではなく、犯人がパトカーに乗った後の記憶は消され、依頼を完遂したという手続きをしたことになっている。
世界は優しく事実を隠し、人々はそれに気づかず平和に戻る。
 そして、葉山は昼過ぎに起きて最初のコーヒーを飲みながら、今朝の新聞を読み始める。
世は事もなし、マスコミの報道もほとんどなく、一面記事はどっかの政治家がポカして流出した、税金の不正使用についてだった。
なんと平和で、穏やかなことか。
毎日これぐらいのんびりと陽が東西へ流れればいいのに、と思いつつ、葉山がもう一眠りしようとベッドへ向かう時だった。
 ピンポーン
またあいつか、と察するが、今日は既に休日モードなので出る気はない。
 ピンポーン
何度押しても同じことだ。
出ないと決めたら出ない、それが葉山囿羈という男の……
 ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポ
「うるっせんだよ!馬鹿野郎!」
「あ、葉山先輩!やっぱりいた!」
 眼前に飛び込んでくるのは、昨日で関係を終えたはずの麻間友美の元気一杯な顔と、乾いた苦笑をこぼすエドワード・カルツだった。
「葉山さん、まずいことになりました……」
 その一言で、怒涛のごとく勢いをもっていた葉山から、怒りが消える。
「まずいことって、なんだ?」
「先輩先輩!葉山先輩!」
「うるさいな!こっちは大事な話を、ってなんでお前がここにいるんだ?」
「私、葉山先輩の助手になりにきました!」
「……はぁ?」
 わけがわからないと生返事をして、目の前の女の子を見る。
率直なところ、初めて会ったときにも感じたが、こいつは馬鹿なのではないか、と思った。
「葉山さん、ここで考えてもなんですし、とりあえず中で話をさせてください」
 困ったような声を出すエドワードの提案に、事情のわからない顔をする葉山は渋々従った。

その十分後。

「記憶が、消えてない?」
 愕然とする葉山の問いに、エドワードが頷く。
当の本人である麻間友美は、別室で待ってもらっている。
「それは本当なのか?」
 思わず声を落として再確認する。普通ならばありえない話だ。
「ええ、間違いありません。統制部隊は昨日の事件で集まった野次馬と、その人たちから連絡を受けて事件の内情を知る人たち、そして依頼主である麻間さんの全員に、通常通りメモリードロップを施しました。なのになぜか、今朝一番に学校で麻間さんは僕に、昨日の事件で現れた炎に包まれた男とか、〝盾〟を装備した葉山さんの戦いがかっこよかったとか、そういうことを言われたので」
 どうやら記憶がなくなっていないということが事実だとわかると、あからさまに困ったと俯いて、ため息がもれる。
「こんなことは、前代未聞ですよ。SOGでもない彼女に、メモリードロップが効かないなんて。しかも、本人はそのことを自覚していないし、なんら能力を使ったわけでもない」
 そう、昨日の戦闘を麻間に見られてしまうのが大した問題ではない理由は、その後の統制部隊の出動が予想できたからだ。
メモリードロップは本来、記憶を消すのではなく、より深い場所へ落とすという操作だが、強力な催眠術などで力を加えない限り、表層化することはない。あるいは、SOGである者ならばメモリードロップ自体を跳ね除けることができるが、麻間友美はそのどちらにも当てはまらない。
「それで、ですね。葉山さんに新しい任務がきてるんです」
「またいきなりか?」
「まあまあ、確かに〝また〟というのはある意味適切ですけど、今度の任務は、彼女を葉山さんが保護するというものです」
「え゛っ」
 立て続けにわけのわからないことを知らされ、思わず変な声が出てしまった。
「ちょ、ちょっとまった、いくらなんでもそれは無理だ。おれは絶対にあいつの保護者にはならないぞ」
「そんなことを言っても、今回は無理ですよ。今までも無理でしたけど、今回はうちの上司だけじゃありません。〝イギリスのお嬢様〟からも嘆願書をいただきました。もはや外交レベルの依頼です。難易度は指定されてませんが、おそらくはSより上、と言ったところでしょうか。キャンセルしたら大変なことになりますよ?」
「なんだそれ!?あんな小娘一人守るのになんで英国のお嬢様が出てくるんだ!?そ、それに、あいつのお守りをしてる間は他の依頼を受けられないじゃないか!俺の体は一つなんだぞ!」
「だから、さっき玄関先で彼女が言ったのを受け入れればいいんですよ。あれは彼女の意志で出た言葉ですが、僕はあれが最善だと思ってます」
「……助手、かよ」
 どう足掻いても、無理な状況ができあがっているらしい。
探偵業を始めてから数年間、といっても二年ほどしかやっていないが、人を遠ざけた生活を望んで、ここまでそうしてきた。
そんな自分に、女子高生の一人を助手に向かえて保護しろ、と言われても、いろいろと不安がある。なにより、急に人と深く接するような仕事はしたくない。
「やってみるしか、ないのか」
〝あいつ〟が離れていったとき、無力な自分を痛感して、俺は一人でいることに慣れるのを選んだ。本当は、呼び戻す勇気がなく、その場で後悔するしかなかったからだが、そんなことは前からわかっている。
今ここでこうした任務がやってきた、ということは、もうそんな過去に縛られているままじゃダメだ、ということなのか。
「どうせ、キャンセルできないんだろ?」
「ええ」
「なら、仕方ない。俺がやるしかないだろう」
「はい」
 力のない返事だったが、それでも了承は得たので、それで満足したエドワードは笑顔になった。
「麻間さん、終わりましたよ」
 はーいと返事をして、隣の部屋から彼女が飛び出てくる。
「葉山さんは、麻間さんを助手として雇ってくれるみたいです」
「本当ですか!?やったー!」
 どこまでも無邪気な彼女は、元気に笑った。
その顔が、どことなく〝あいつ〟と重なるのが少し可笑しいのか、葉山も微笑んだ。
「これから、よろしくお願いします!葉山せんぱ、あ違った!……えっと、葉山所長!」
 差し出された右手に、少しばかり驚きながら、葉山も返事をする。
「ああ、こちらこそ、よろしくな」
 重なった右手が、熱かった。
外は猛暑が揮う、七月のある火曜日のことだった。

「ちなみに、俺はお前の家には泊まらないからな」
「えー!そんなあ……」
「また鼻血で川ができちゃたまらん」

続く

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